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大分地方裁判所 昭和41年(行ウ)9号 判決 1969年2月12日

別府市亀川仲町九組

原告

河野丸蔵

右補佐人

林和雄

同市光町二二番二五号

被告

別府税務署長

江平一夫

右指定代理人検事

日浦人司

同大分地方法務局訟務課長

北野辰男

同法務事務官

長野愛彦

同法務事務官

原田義継

同大蔵事務官

上原光正

同大蔵事務官

大塚勲

右当事者間の裁決取消請求事件につき、当裁判所は昭和四三年一二月一一日終結した口頭弁論に基づき、つぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は、「被告が原告に対し、昭和四〇年六月一七日付で原告の昭和三九年度の所得税に関し、その課税総所得金を五五万七、六〇〇円と更正した処分のうち四万四、一〇〇円を超える部分(但し、熊本国税局長の審査決定により取り消された部分を除く。)を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同じ判定を求めた。

二、原告は請求原因として、つぎのとおり陳述した。

(一)  原告は食肉販売業を営むもので、青色申告以外の確定申告(いわゆる白色申告)による納税をなしているものである。

(二)  原告は昭和四〇年三月一三日被告に対し、昭和三九年度分の所得税につき課税総所得金額を二万九、〇〇〇円として確定申告したところ、被告は同年六月一七日付で、右所得金額を五五万七、六〇〇円と更正決定をし、その頃原告に通知した。

(三)  原告は被告の右処分を不服として同年六月二五日被告に対し右処分の取消を求める旨の異議の申立てをしたが、被告は同年一〇月一日これを棄却し、そのころ原告に通知した。

(四)  そこで、原告は同月一六日被告の右処分について、熊本国税局長に対し審査請求をなしたところ、同局長は昭和四一年六月二四日前記更正決定のうち五三万三、一〇〇円を超える部分を取消す旨の裁決をなし、同月二八日原告に通知した。

(五)  しかしながら原告の右年度分の課税総所得金額は四万四、一〇〇円であるから、被告がなした前記更正決定のうち右金額を超えを部分(但し、前記のとおり熊本国税局長の審査決定により取り消された部分を除く。)は違法であるから取り消されるべきである。

すなわち、原告は昭和三九年一月ごろから同年四月ごろまでの間、その商品である精肉(価額五〇万円相当)を腐敗させ、やむなくこれを訴外有限会社曙化学工業において化学処理させた結果、右腐敗肉から石鹸の原料となる脂(価額一万一、〇〇〇円相当)がとれたので、右会社にこれを売却し一万一、〇〇〇円を受領したが、これによつて差引金四八万九、〇〇〇円の営業上の損害を豪つた。

したがつて、原告の該所得金額につき被告の算出した前示所得金額五三万三、一〇〇円から右損失額四八万九、〇〇〇円を控除した残額四万四、一〇〇円が原告の真実の該所得金額であるところ、被告は本件更正決定に際して右損失の事実を考慮せずして所得金額を推計算出した。

三、被告指定代理人は答弁として、原告主張の請求原因第一ないし第四項の事実は認めるが、同第五項の本件更正処分が違法であるとの点は争う。と述べ、主張としてつぎのとおり陳述した。

(一)  原告の昭和三九年度の所得金額は営業所得九八万三、八四四円であり、課税総所得金額は右九八万三、八四四円から(1)社会保険料控除額二万三、五七〇円、(2)生命保険料控除額三万四、四〇〇円、(3)配偶者控除額一〇万八、〇〇円、(4)扶養控除額一六万六、四〇〇円、(5)基礎控除額一一万七、五〇〇円合計四五万〇、六七〇円を差引いた五三万三、一〇〇円(ただし一〇〇円未満の端数は切捨て)である。

(二)  原告の右所得金額(営業所得)はつぎのとおり算出された。

すなわち、原告の前記確定申告は会計帳簿に基づいてなされたものではなく、原告は右申告額を裏付ける会計帳簿を一切備付けていなかつたので、被告は原告の適正な所得金額を得るために、原告の商品仕入先等の帳簿類を調査し、その結果判明した総仕入金額八〇七万六・六八二円に同業者の平均売買益率を乗じて得た一、〇四三万七、九一九円を総売上金額とし、これから同じく同業者の標準的経費率によつて算出された八六五万〇、六〇一円を経費として控除した額一七八万七、三一八円を算出所得金とし、右算出所得金額から原告を調査して判明した標準外経費および事業専従者控除の合計八〇万三、四七四円を控除して得た九八万三、八四四円を原告の営業所得金額としたものである。

(三)  被告の本件更正決定は以上のような計算に基づき適法になされたものであり、原告主張の損失の発生については被告の調査によるもその事実は認められず、被告の処分に何らの違法はない。

四、原告は被告の主張に対する認否として、つぎのとおり陳述した。

(一)  被告の主張第一項のうち、営業所得額が九八万三、八四四円であるとの点は否認し、その余は認める。

(二)  同第二項の推計方法およびその推計によれば被告主張のとおり数額になることは認める。

五、立証として、原告は甲第一号証、同第二号証の一、二同第三号証の一、二同第四号証を提出し、証人西本一男、同林和雄の各尋問を求め、各乙号証の成立をいずれも認める、と述べ、被告指定代理人は、乙第一号証、同第二号証の一、二同第三号証の一、二同第四号証の一、二、同第五ないし第八号証、同第九号証の一、二、同第一〇号証の一、二を提出し、証人小島清明同林田安道、同知念栄光の各尋問を求め、各甲号証の成立をいずれも認める。と述べた。

理由

一、原告が食肉販売業を営むもので、青色申告以外の確定申告による納税をなしていること、原告は昭和三九年度分の所得税についてその主張のとおりの更正決定を受け、これに対し不服申立て手続を経由したこと、右年度の営業所得に関し、原告はその確定申告を裏付ける会計帳簿書類を備付けていなかつたので、被告は原告の適正な所得金額を得るためいわゆる比率法によつて原告の取引先、同業者の実績等を斟酌して原告の所得金額を推計算出したこと、その結果は被告主張のとおりの数額となること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、原告が特別事情として主張する右年度中に食肉が腐敗し、その結果四八万九、〇〇〇円の損失が発生したとの点について判断するに、本件全立証によつてもいまだ右事実を認めることはできない。

もつとも、証人西本一男、同林和雄の証言中には原告方においては原告主張のころ、相当の量の精肉が腐敗したため、自宅においてこれを煮て牛脂を採取した旨の供述部分があり、また成立に争いのない甲第四号証、乙第一号証、同第二ないし第四号証の各一、二および証人林田安道の証言によれば、原告は昭和四一年五月二六日訴外有限会社曙化学工業に対し、石鹸原料として原油缶一一缶分の牛脂を代金一万一、〇〇〇円で売り渡したことを認めることができる。

しかしながら、成立に争いのない乙第五ないし第八号証、証人小島清明、同知念栄光、同林田安道の各証言および弁論の全趣旨を総合すれば、一般に、食肉販売業者が食肉を腐敗させるのは春から夏にかけて精肉のうち比較的売れ残りやすいいわゆる「くび」「ばら」の部分であるが、食肉販売業者としては、売れ残りが出はじめると仕入れを調節して腐敗防止策をこうじるのが普通であること、食肉販売業者が商品を腐敗させた場合の処置としては、通常海に投棄するか屠殺場で汚物処理するかであつて、これを煮て牛脂をとるようなことは、一〇数年前の時代にはともかく、原告の主張するころにおいては採算があわないためしていないこと、かりに牛脂をとるにしても、脂肪質の部分からとるものであつていわゆる赤身の部分からはとらないこと、原告主張のように石油缶一一缶分の牛脂をとるためには通常成牛一〇頭位の処分が必要であること、さらに成立に争いのない乙第九号証の一、同第一〇号証の一、前顕小島証人、知念証人の各証言によれば、原告の被告に対する異議申立ては当該年度の年間売上高が少なかつたことのみを理由としていたこと、また熊本国税局長に対する審査請求の際にも協議団本部の調査に対し、売れ残り商品が腐敗したと申立てたが、その具体的な情況期間、および数量について何らの説明もせず、とりたてて重要視していなかつたこと、以上の各事実をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。

しかして、以上認定した事実に照らして考えると、前認定のように原告が訴外曙化学工業に石油缶一一缶の牛脂を売り渡した事実があるからといつて、この事からただちに原告主張のように精肉が腐敗した事実を推認することはとおていできないのであり、また前顕証人西本一男および同林和雄の証言はにわかに措信することはできない。

してみれば、商品である精肉が腐敗したことを前提とする原告の主張は採用することができず、したがつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 土井俊文 裁判官 奥平守男 裁判官 田中観一郎)

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